亀&KAT-TUNに元気をもらい、そして素敵な友達との出会いをもらってます

亀梨和也のROOTS

MAQUIAより


下町で育った悪ガキ野球少年
ジャニーズに入り、大きくその生活環境は変わった

得たものも大きかっただろけど、
失ったものや不自由さも多々あるだろう

8月8日、8年経って大人になった弘人が工場に立っていた
二十歳の頃の恋を思い出しているのだろうか
出会いや別れ、そして再び繋がった菜緒とのこと

今二人はどうしてるのかな?


ここの匂いをかぐと、いろんな記憶がよみがえってくるなぁ……

CDデビューして、KAT-TUN、亀梨和也という名が世に知れ
また、今までは色々と自分たちの意見が通っていたのであろう
でもデビューとなると決められた中で動かされていたようで
そんな変化に戸惑い、苦しみ、辛い思いをした

自分が自分じゃないような気がしていた


ジタバタしていたのであろうか?
ジッと耐えていたのであろうか?
逃げ出したかった時もあったのだろうか?

あの頃の彼は、ひとりで全てを背負い、
置くこともできず、
背負ったまま押しつぶされそうになっていたように思う
それでも、見せない様に踏ん張って…踏ん張って…

きっと居場所であるKAT-TUNがしっかり支え合っていたら
だのに、ひとり逃げ出した
24時間テレビの
「なにかあるとコイツも最終的には俺に話して俺もコイツに話す」
という言葉がグルグル

でも、そこもまた乗り越えきゃだから
逆に5人で話をする機会ができてよかったのかもしれない

同じ方向を向けたんじゃないかな?

少しずつ、変わって来たように思う
背負ったり、責任感は変わらないけど
いろんな術を覚え、時には一旦置いて背負い直したり
これは一人で持ってなくてもいいってものもわかったんじゃないか?
と思っている
勝手な想像ではあるが…

ツイッターのせいで、一段と動きにくいだろうけど、
今の方が全然辛そうじゃない
腹の立つことも、違う~って言いたいことも、
どこに行っても見つかってしまう状況もヒートアップしてるけど
それでも今の方がラクに生きてるように感じる

彼が苦しかったって言うってことは
想像以上に辛い時期だったんですね


ずっとあるのは、KAT-TUNという存在

KAT-TUNの人数が減ったことは、パワーダウンにならない

時には、個人としての欲求を抑えてでも、KAT-TUNとして、
やるべきことを優先させるようになった

KAT-TUN家の一員


彼のKAT-TUNに対する強い想い、深い愛情、責任
そんな言葉が並べられている

野球よりジャニーズを選び、KAT-TUNになった時から…
いや最初は部活のノリ的なこと言っていたから
徐々にかもしれないが…
ずっとずっと彼にとっては大切な場所
2回も大きな波と言っているが、私的には3回です

ヤツに休業、脱退、もう一人の解雇
それぞれに驚きはしましたが
最初が一番ショックだったかな?

メインが抜けて5人で活動?どうなるの?って不安だった

あとは、驚いたあと、一瞬不安にもなったけど
すぐにKAT-TUNなら大丈夫って思えた

でも、もうアカンよ(笑)




MAQUIAでは、いつも普段言わないようなことも話してくれる
そっか、そうなんだ、そうだったんだ
そんな風に思うこともたくさん

めんどくせー男って思うことが一番多いけど



相変わらず、いろんな顔を持ったいい男です






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